今回は前回のお浚いと共に、夏川氏の技法を適用し解決を導き出していきたいと思います。

以下記述

前回ABC理論によって表出された図(お浚い)

A(出来事)→B(考え、信念)→C(結果としての感情、行動)

『私の事例』

A(自己不信)→B(自己嫌悪)→C(自暴自棄)

A(自己不信)→B(自己肯定)→C(一念発起)

【夏川氏の解決方法】

A(出来事) → B(考え、信念) → C(結果としての感情、行動)

夏川氏の場合、以上C(結果としての感情、行動)の部分に焦点を当てます。

その理由として、

C(自暴自棄)=この結果によって
B(自己嫌悪)=この考え、信念が生まれ
A(自己不信)=この出来事にいたる

C(自暴自棄)→B(考え、信念)→A(出来事) 

C(結果)を前提にすることで、B1(考え) B2(信念)とA(出来事)をどう変化させることが最善なのかが導きだされると考えるからです。

以下具体例を解説

【夏川氏のアプローチ①】

事例
C:結果としての感情、行動
やっぱり自分は出来損ない(自暴自棄)
理想が叶わないことに固執し続け、現実の結果は受け入れないという姿勢を貫きます。理想が叶わない=自分は無能という飛躍的結論に結び付け、自分は理想も叶えられない無能な人間であるという定義付けを自身でおこないます。

C(自暴自棄)になることの自己利益とは?
・自分の力を卑下して同情を買い他者に助けてもらう
・見なくない現実をカモフラージュできる
・夢の世界(妄想)に浸っていられる)
・キッカケがあれば自分の仮想的な力で事が起こせる(ハイリスク・ハイリターン)
・現実的成長に伴う苦しさ、辛さから逃避できる

以上をまとめると、”面倒なことを避けて理想を叶える”ということが浮き彫りになります。

我ながらとても傲慢・・・

自己利益が分かった上で??

【夏川氏のアプローチ②】

持っている理想が叶えられた場合、
自分はどんな心境か、状態かを具体化(未来年表を書くとより詳細化される)

理想が叶うと・・・

・嬉しい思いに包まれている
・幸せになっている
・充実している
・心が安定している
・穏やかな生活をしている
・知識が豊富になっている
・目標にしていた自己表現ができている
・自己肯定・自己効力感で満たされている
・自己承認・他者承認が得られている
・本質的な自信が得られている
・自身の能力を発揮できている
・この能力を何かしらで社会に役立てる

以上を要約すると、”具体化された自分の理想”が浮き彫りになります。

【夏川氏のアプローチ③】

理想が叶えられた自分はどんな心境、状態かを具体化した上で??

自己利益である”面倒なことを避けて理想を叶える”ことと、
持っている理想が叶えられた際の”具体化された自分の理想”
を照らし合わせてみると、二つの事柄に矛盾が生じているのが分かります。

その理由は”面倒なことを避けて理想を叶える”ということは、自分の許容範囲のみで事を済ませるというこであり、ともすると自己変化はせず、外部に変化を求めている状態になります。
しかし、私の具隊化した理想の心境、状態に到達するには自分の言動を変化させることが必須になります。
従って、「”面倒なことを避けて””具体化した理想を叶える”」ということは、水と油のように一体化させることは皆無に等しく、分離状態といえます。
同時に、意識化された自己利益が自身の理想を叶える弊害になっていたことが分かります。


【夏川氏のアプローチ④】

分離状態だというこが分かった上で??


「ABC理論解決方法」と「夏川氏の解決方法」を順に見ていくと


【ABC理論の定説による解決方法】

B(自己嫌悪)を変化させることで解決を導きだしました。

(例)

A(出来事)→B(考え、信念)→C(結果としての感情、行動)


befoer 
A(自己不信)→B(自己嫌悪)→ C(自暴自棄)
B:考え方、信念
自分の思ったようにならない(自己嫌悪)



aftrer
A(自己不信)→B(自己肯定)→C(一念発起)
B:考え方、信念
自分の思ったようにするために必要なことがある(自己肯定) 


A(自己不信)=この出来事は
B(自己肯定)=この信念によって
C(一念発起)=この結果になった


B(考え、信念)=B(自己嫌悪)→B(自己肯定)に変えたことで
↓ 
C(結果としての感情、行動)= C(自暴自棄)→C(一念発起)にも変化が及びました。

A(自己不信)→B(自己嫌悪)→C(自暴自棄)
  
A(自己不信)→B(自己肯定)→C(一念発起)

しかし、A(自己不信)だけは変化していません。

つまり、これでは本質的な解決には至っていないことが分かります。


【夏川氏の解決方法】

C(自暴自棄)を変化させることで解決を導き出します。

(例)

C(結果としての感情、行動)→B(考え)B2(信念)→A(出来事) 

befoer 

C(自暴自棄)→B(自己嫌悪)→A(自己不信) 
C:結果としての感情、行動
やっぱり自分は出来損ない(自暴自棄)

aftrer
C(結果としての感情、行動)→B1(考え)B2(信念)→A(出来事) 

C(自己実現)→B1(自己確認)B2(自己信頼)→A(自己実施) 
C:結果としての感情、行動
具体化された自分の理想を叶えるには(自己実現)


C(自己実現)=この結果によって
B1(自己確認)B2(自己信頼)=この考え、信念が生まれ
A(自己実施)この出来事にいたる


C(自暴自棄)→B(自己嫌悪)→A(自己不信

C(自己実現)→B1(自己確認)B2(自己信頼)→A(自己実施

A(自己実施)→B1(自己確認)B2(自己信頼)→C(自己実現
(AとCを入れ替えた場合でも全体の整合が取れています)


このようにC(結果としての感情、行動)を変えることで、
B1(考え)B2(信念)また、A(出来事)にまで変化を全体に及ぼしたことになります。
つまり、事例の前提条件全てが変化することになりました。

以上が夏川氏による解決方法の概要になります。


最後に・・・

私の事例の場合、ABC理論により、問題表出と伴い解決案までは導いたものの、
本質的な解決には至らないという結果に終わりました。

しかし、ABC理論によって問題点を表出したことで実質な解決材料が見つかり、

そのことから夏川氏の解決方法によって本質的な解決に至ったのではないかと現在は考えます。(苦しさの代償は無論ありましたが・・・笑)

ちなみに、この夏川氏の解決方法は逆算して考える仮設思考が基になっていると、今更ながら気づき、
ABC理論のみならずこちらも暗黙知での理解だったということを、記している際に知らしめさせれられる結果に至ります。
また、これに加え改めてアウトプットの重要性までも痛感するのでした。








































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by inunosin | 2016-04-30 02:05 | カウンセリングを受けていて

前回ABCの段階を経て、自分は無気力になるという結論を導きだしてみましたが、

今回はこの実情をどう改善するのかを、ABC理論の定説、並びに夏川氏に学んだ方法を適用しながら、前回の事例である無力感を大枠の解決方法で導きだしてみます。

簡単にお浚いすると、私は以下の順序でCの地点に到達しました。

A(自己不信) → B(自己嫌悪) → C(自暴自棄)

さて、いざ表出したのはいいが終始問題だらけでどこから手を付けたらいいか?

【ABC理論の定説による解決方法】

A(自己不信) → B(自己嫌悪) → C(自暴自棄)

以上、B(自己嫌悪)の部分に焦点を当てます。

その理由として、

A(自己不信)=この出来事は
B(自己嫌悪)この信念によって
C(自暴自棄)=この結果になった

A(自己不信) → B(自己嫌悪) → C(自暴自棄)

A(出来事)とC(結果としての感情、行動)に、
意味づけをしているのはB(考え、信念)であり、
ここを問題点として考えます。


1A(自己不信)→ 2B(考え、信念)→ 3C(自暴自棄)

A(自己不信)からベクトルが発信し
B(考え、信念)を通過したベクトルが
C(自暴自棄)に向けて進んだ結果生じる

ABC理論ではB(考え、信念)を変化させることを重点においてます。

(例)
befoer   
1A(自己不信)→ 2B(自己嫌悪)→ 3C(自暴自棄)

B:考え方、信念
自分の思ったようにならない(自己嫌悪)



aftrer
1A(自己不信)→ 2B(自己肯定)→ 3C(一念発起)

B:考え方、信念
自分の思う形に至るまでに必要なことがある(自己肯定) 

このようにB(考え、信念)を変えることで、

C(自暴自棄)破滅状態から、

C(一念発起)建設的状態に、

変わるというのがABC理論の定説による大枠の解決方法になります。


具体的な解決方法などは、著書やネット検索などでも記載されているので、ABC理論に興味がある方は、それらをご覧いただけたらと思います。

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by inunosin | 2016-04-28 20:25 | カウンセリングを受けていて

ABC理論とは心理学者アルバートエリスが考案した論理療法です。
心理学オタクの私は、夏川氏のカウンセリングを受ける前から、
この心理学の基礎である学説を熟知しているつもりでした。
あるセッションの折に、
「ABC理論を使って答えてください」と問われました。
あれだけ熟知していると思っていたのに、
何故か虚を突かれる思いにまりました。
それもそのはず、
自分に置き換えると全く答えられなかったのでした。
ただ持っているだけの知識であり、
これを、技能として運用できていなかった自分に気づくのでした。
そんな、苦い記憶が最近想起されたため、

自分の事例を用いてABC理論のお浚いを以下にしたいと思います。

事例 私が無力感を覚えるのは?

A(出来事)→B(考え、信念)→C(結果としての感情、行動)

ABC理論
A:出来事
自分の理想への期待(自己不信)
私は何か新しいことをやり始める時に、物事に異常なまで意気込んで取り組みます。自分は最高の結果が得られるという虚栄心による、セルフイメージを作り上げることで現状の自分を奮起させます。

ABC理論
B:考え方、信念
自分の思ったようにならない(自己嫌悪)
虚栄心によって作られたセルフイメージによる最高の結果を夢見ている状態は、シンデレラストーリさながら、一朝一夕で理想が叶うものと便宜的に自分を信じ込こませています。そのため、いざ現実と直面した時に、当然ながら自分の理想は消滅します。

ABC理論
C:結果としての感情、行動
やっぱり自分は出来損ない(自暴自棄)
理想が叶わないことに固執し続け、現実の結果は受け入れないという姿勢を貫きます。理想が叶わない=自分は無能という飛躍的結論に結び付け、「自分は理想も叶えられない無能な人間」であるという定義付けを自身でおこないます。

以上のようにABCの段階を経て、自分は無気力になるという結論を導きだしてみました。


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by inunosin | 2016-04-24 03:05 | カウンセリングを受けていて

夏川氏はとにかく、

私に目的を確認させます!

この質問され始めの時は、

正直苦痛でした‥

しかし、



指標(目的)
忘れがちですが、私たちは、動物です。
本来動物は生存するため、また、子孫繁栄というDNAに組み込まれた目的を持って生きているといいます。
しかし、人間は生存の欲求が満たされている場合、
次の段階の目的へ向かい行動をすると、マズローの5段階欲求説で言われています。
生存の欲求が満たされている現代。重ねて、情報や物が溢れて便利な時代にいる私たちは、沢山の誘惑に囲まれています。そなかで、未来に進み生きていく中で、目的なくして、現代社会を生きることは難儀なことではないのかと。

基準
では、何故難儀になるか?
以上のことを前提にすると指標は人生の地図に描かれた目指すべき目的地点のようなものと考えられます。
何故かというと、
例えばどこかに行く場合、目的地を決めてから、プランを立てて向かうのが一般的です。その際に、もし現在いる自分の位置、場所が分からなかったらどうでしょうか?どんなに便利なナビ機能を屈指しても、自分のいる場所が分からなかったら、目的地にたどり着くことはおそらく皆無に等しいといえます。
この自分の位置、場所になるのが自分の基準であると考えます。例えば迷路に入ることになったとしましょう。その際に道に迷い、現在地がわからなくなった。そのような時に混乱して、右往左往となり、本来ゴールに向かう趣旨より、迷っていることや混乱から解放されることが目的になってしまい最終的には、
泣いたり、凹んだり、諦めて動かなくなったり、はたまた、怒り狂ってみたり。もうゴールは死角に入っていくばかり。感情だけに支配されて、刹那的、場当たり的、破滅的な行動が趣となる。つまり、未来は断絶し今と過去しかない状態といえます。何故なら、過去の原因だけを基準にして、現在の自分が創られているからなんです。試しに未来の自分に向かって、後悔や原因追求をしてみると腑に落ちるかもしれません。
話が逸しましたが、今どの位置にいて、どんな場所にたっているのか、または、人生の道に迷い、取り乱した時に、目的地を定めた基準は、方位磁石のように向かうべき道へとベクトルをむけ、歩む道を教えてくれる。または、間違った場所にいる時には、ベクトルがクルクルと激しく回ることで異常なことを知らせてくれたりする。
要するに、自分の基準があると本来歩むべき道に戻してくれるのです。

手段
目的地(指標)がさだまっている場合、現在地(基準)からゴールへ向かう道筋を探すことができます。現在地が分かれば、スタート地点に戻って、改めてトライアルしたり、もしくは、準備をしていれば現在地からゴールの方角はどこに当たるかが分かります。ということは、どうすれば目的にたどり着くか、もしくは、どんな方法を使えばゴールに辿り着くのかなど具体的な答えを絞り出し、その手段を見つけることはできる。しかし、指標もなく、基準もなかったら、果たしてどうでしょうか?どうすれば良いのか手段すら見えないはず。衝動から出る場当たり、刹那的な行動に陥る、もしくは他者の指標、基準に流され動く他自分になり、ジプシーのようにフラフラと彷徨うことになるのではないのでしょうか。

以上の推察を前提に考えてみると、夏川氏に口を酸っぱくして目的はどこかと問われる、意味が分かったように思います。
何故か?その時の私は迷路に迷いこみ、後悔に苛まれては、場当たりで刹那に生きる廃人化したジプシーさながらの容態。勿論未来に向けた指標など全くなかったのです。
この記憶をやっとこさ思い出したことが所以ではないかと。

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by inunosin | 2016-04-18 19:48 | カウンセリング中の思い

大半の人が一般的に身に着けている知識が、欠如している私。
「今更聞くのは恥ずかしい。かといって、何から学び直せばいいのか?何を学べばいいのか?
もう何が分からないかも、分からない‥」
夏川氏のカウンセリングを受ける前までは、
そんな状態でした。
しかし、夏川氏カウンセリングを受けるようになって‥

1  自分の分らないことが分かるようになった。

2  分からないことを基にして何を学べばいいのかが具体的になった。

3  夏川氏から多岐分野の知識を学べた。(小学生〜大人に至るまでの知識)

以上の過程で私が学び受けた事をカテゴリー分けしてみることにします。

今回は「勉学面」に置いて夏川氏から学んだことをカテゴライズ。

以下に、
ざざざっと、記します。



【数値化】
基礎的なグラフの仕組み、書き方
線グラフ
棒グラフ
円グラフ

【文系】
文章構成の仕方
伝え方(定義認識の共有)
言葉の使い分け方
語彙
漢字の語源
抽象、具象表現に付いて


【社会】
歴史
政治、経済
社会情勢

【道徳、倫理】
勉強の必要性
愛情とは何かに付いて
優しさ、思いやりに付いて
成長をする意味
合理性、建設性


【物理】
時間軸の概念
一次元(点)
二次元(線)
三次元(立体」



夏川氏からは、あまりに様々なことを学んでいるため、私のキャパではまだ具体化が適切に出来ていない故、
ザックリとした分類化になってしまいましたが、
詰まる所、夏川氏のカウンセリングにより、
心理学やカウンセリングに関する知識以外にも、他分野の知識を学べているという事になります。


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by inunosin | 2016-04-17 16:02 | 夏川氏と他のカウンセラーの違い



一般的にカウンセラーと聴くと、
優しくて、思いやりがあり、全てを受け入れ、
温かく包み込んでくれる、癒しの源水のような人物。
ほとんどの大多数の方が、そんなイメージを持ではないでしょうか?

夏川氏のカウンセリングを受け始めた頃は、
上記したイメージの対応が多少なりともありました。

しかし、そのような対応は、今に思えば夢だったのではと疑いたくもなるほどに。

夏川氏のカウンセリングは正直、きついです。

では、どういったところがきついのか、
項目分けをして見ていくことにしましょう。



1  現実施行的カウンセリング

一般的なカウンセリングにおいて、
カウンセラーは、クライアントが見たくない問題の部分に、直接踏み込むことはほとんどありません。
しかし、夏川氏はクライアントが見たくない問題に対して、突っ込みを入れたり、疑問点をついてきたりなど提起をするのです。
具体的には、
原因論での質問「Aなのはどうして?」
目的論での質問「どうしてAなんですか?」
という二刀流の質問。
文言で見ると対した衝撃はありませんが、
例えば、
自分が認めたくないこと
自分が嫌だと思うこと
自分が悲しみや怒りを覚えること
自分が正しいと思うこと
etc‥
などを二刀流の質問のAに当てはめて、
質問をされたらと考えたとしたら、どんな気持ちになるのか?
大多数の人は爽快と反対の思いが浮かぶのではないでしょうか。
これを答えるのが目を回す程辛い。



2  問題解決至上的カウンセリング

相談にくるほとんどの方達が、
カウンセラーに対して、
冒頭でも上げたイメージを持ってカウンセリングにくると思います。しかし、夏川氏カウンセリングでは問題解決が最優先であり、
そこに比重がおかれているのです。
例を出すと、辛いと言った問題をどのようにしたら、辛くなくなり改善がされるかを基にした対話が進んでいきます。そのため、一時的な癒しが得られることはほぼないと言えます。
一つの問題が解決するまでは、しんどくてたまりません。
ただし、問題解決をした後には、癒し、自信、充実感の3が得られると私は感じています。
何だかダイエットをする過程と似ているような‥辛さかもしれません。



3  自立的カウンセリング

本来カウンセリングでは、
相談者の自立援助が目的です。
夏川氏のカウンセリングも、
そこが重視されています。
対等な関係性をもっとうに、
自主的、自発的、能動的な思考と行動が、
前提になるのです。
これは同時に甘えや依存心は持たないということにもなります。
そのため、、言わずとも察してくれ、あなたのために、善かれと思って、などといった相手に暗黙の依頼心を求めるような行為は一切通用しません。つまり「分かってちょうだい」という思いを基にした対応は無しということなんです。ともすると、全てのことにおいて自己責任が生じる‥
依存的で甘えを克服をしている私にとっては、記述しているだけで痺れます。

以上のことから、
夏川氏のカウンセリングは、
きついという結びに至ります。

今回、夏川氏カウンセリングの醍醐味を語らせていただきました。
最後に、
本心から自分の幸せを渇望するのであれば、もしくは、幸せになる覚悟があるなら、夏川氏の「きつい」カウンセリング受ける価値があると、自分の体験を通して感じます。





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by inunosin | 2016-04-15 07:47 | 夏川のカウンセリング特徴

夏川氏の心に響いた話し

世の中は問題だらけだということは、

言わずと知れた自明なこと。

その中でも問題を解決していくことが、

生きる上で必須。

それが成長し続けることと、

私は今になっても痛感しています。

ただ、そうは言っても、

人間だもの。

問題と対峙し、

克服をたかだかと掲げ、

解決に意気衝天に乗り出すも、

困難という硬く厚い壁は、

ベルリンの壁もそうだったように

一瞬だけ灯った高揚感などでは、

微動だにすらしないのであります。

そんな事とは分かっていても、

無力感と空虚感が、

私を絶望の淵に連れていき、

意気消沈の末に、

灰になることを心待ちにしている。

そんなことは、

これまでも、

また、現在においても、

枚挙にいとまがありません。

そんな困窮した私に、

普段は鬼軍曹のような夏川氏が、

そっと、

「人生は螺旋階段ですね‥

上から見ても変化は感じられず、

その視点だと、

同じところを何度も回っているようで、

停滞感や退行感ばかり覚える。

でも、横から見てみると、

実は上昇をしながら必ず成長をしている」

という話を何度かしてくれました。

その度に、円点のみの視点から、

縦に伸びる螺旋へと視野が広がり、

戻るべき場所へ

登るべき場所へ

元の位置へと、

視点を連れていってもらっていたのもしれない。

そんなように、

最近感じられました。

人生は螺旋階段。

元は、ヘーゲル弁証法における螺旋的発展に由来していると言われ、

昨今では、多くの方々にも親しみがある話しかもしれません。

ただ、私に取っては体験を通して聴いた話しであったため、

思入れが強くなり、

刻印のように、

私の記憶に焼き付けられています。

最近、改めて反芻しがいのある話しだと、

考えていたので、

記するに至りました。

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by inunosin | 2016-04-13 23:09 | カウンセリングを受けていて

今回はカウンセリング中に多用する、

ホワイトボードに付いて記述しようともいまいます。

現在ではカウンセリングに欠かせない、

ホワイトボードなのですが、

カウンセリングを受け始めた初期は無使用でした。

1年程経ったある日、

私が毎回のように考えあぐねていると、

夏川氏がホワイトボードに、

「心境、状況を書いてみて」

と黒い水性ペンを渡されたのが事のはじまりに。

「赤も青もあるから好きな色でいいので」とのこと。

まがりなりにも心理学の勉強をしていた私は、

記述によるセルフカウンセリングを従来から行っていました。

そのこともあり、

夏川氏からの急な指示にもあまり抵抗なく、

一つ返事で快く応対しました。

というのは建前状のこと。

本音では、

普段から記述のセルカウンセリングを個人でも行なっている。

それでも改善されないから、

カウンセリングを依頼しているのに。

ぶっちゃけ会話の方がいいんだけど‥

そんな思いが襞状の吹出しになってモワモワと頭上に浮かび上がってきます。

ただ、夏川氏のことだから何か想像を絶する仕掛けがあるのやも?と若干の期待を抱き、

一先ずホワイトボードに指示通りに書き上げる浅薄な私。

しかし。ワクワクしたていたのも束の間、

ただ単に私が列挙した事柄に対し、

夏川氏が質問、

私は答えるというやりとりを繰り返し、

また、私が答えたことを先に記した文に付け足していく。

それを次回までに具体化するという宿題が出される。

何の驚きも衝撃もなく、

期待とは裏腹な状況から、

現実とのあまりの差異に肩透かしを喰らう私。

始めてのホワイトボードデイはそんな虚しい幕閉じに。

この日を境に、

ホワイトボードがほぼ毎回使用されるようになりました。

驚きと衝撃の感動スペクタルを求めていた私には、

物足りない思いが残っていました。

そんな心境を抱きなぎながらも、

毎回の如くホワイトボードに列挙する平凡な日々。

そんなある日、自身の書き上げた文言を眺めていた時に、

事は起きたのです。

あれだけ考えても出てこなかった問題点が、

白々と浮き彫りになって3Dのように出てくる様を、

目の当たりにしたのです。

私に取ってのそれは、

全くもってニュータイプの気付きでした。

この体験を機に、

ノートに記するセルカウンセリングを行う際に、

現在の心境や問題状況などを書き並べ、

じっくり眺めることで、

気付き、発見などが以前に比べると断然多くなり、

更にはそれらの感覚は定着するという付録まで着いてきたのです。

たかが、自分の思いや、

今置かれている状況を書き出し、

見つめるという地味な作業ではあるのに、

効果濃度は計り知れません。

夏川氏の仕掛けがこの時になって、

漸く明白になったのでした。

ちなみに、夏川氏いわく、

書き記しでのセルカウンセリングを行う際に、

罫線などがないホワイトノートの方がいいとのことです。


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by inunosin | 2016-04-11 00:26 | カウンセリングを受けていて

実は…からの

前回の続きです。


夏川氏と私は、

元々はカウンセラーとクライアントの関係ではありませんでした!

6年前まで一切面識はなく、

住んでいる場所や、育った環境も全く違い、

仕事もプライベートでも皆目接点がない。

ましてや共通の友人や知人がいたわけでもない。

そこから全く接点のない二人が、

心理学という唯一の共通点から、

別々のルートを通り、

某カウンセリング協会という地点で

出会うことになります。

ちなみに、

夏川氏と出会った2010年の日本の人口は、

約128.057.352人らしいのです。

ということは、

128.057.352分の1

の確率で出会ったことになります。

そこから、

紆余曲折あった末(このことを記述すると凄まじく長くなる故、割愛します)

カウンセリングを依頼するようになり、

今では古株クライアントの一人。

そして、

振り出しに戻り、母親の名前が一緒。

過去に思いを馳せて現在を考えると、

何とも言いがたい不思議を感じるのです!

「はっ、これはもしやユング心理学的に言うところのシンクロニシティでは?」と独り善がりの感動を噛みしめる私。

この癖はカウンセリング中にも度々出でしまうのですが、

そんな然る私に、必ず夏川氏がいう言葉があります。

「さあセッションに戻りましょう」と。

この言葉を改めてよーく咀嚼した結果、

「何かとの出会いにより偶然は生まれ、

   以後の関係性により必然に変わる」

そんな思いが滲みでてきます。

偶然にも。





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by inunosin | 2016-04-04 01:21 | カウンセリングを受けていて

今回は夏川氏と私の偶然の一致を記述します

どんな偶然の一致かを、

結論から申しますと、

互いの母親の姓が一緒。

なんです。

ちなみにこの事実が発覚したのは、

付き合いが6年にも関わらず、

去年の9月頃に受けたカウンセリングの際に、

偶然発覚したことでした。

このことだけを取り沙汰して、

偶然の一致と題するには、

いささか大袈裟とも言えるかもしれませんね。

肩透かしを喰らわれた方、

または、

拍子抜けをされた方。

ご安心下さい。まだ続きがあります。

実を言いますとて

次回に続く

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by inunosin | 2016-04-02 03:48 | その他